SFレポート(1):アメリカの「シェアエコ生態系」
こんにちは。シェアリングエコノミー協会事務局の二宮です。
5月21日・22日の2日間、サンフランシスコで行われたビジネスカンファレンス「Marketplace Risk Management Conference」に参加してきました。アメリカの団体が主催するイベントで、日本の「シェアリングエコノミー認証制度」や、自治体と連携スキーム「シェアリングシティ」について関心があるとの打診があり、参加することになりました。
今回のカンファレンスはかなり大規模なもので、アメリカのシェアエコ関連事業者だけではなく、中国やイギリス、アイルランド、デンマーク、オーストラリア、シンガポール、マレーシアなど多様な国からも代表が出席していました。各国のシェアエコに関する情報を得るよい機会となりました。
そこで、今回から「SFレポート」と題して、カンファレンスの模様や海外のシェアエコ事情を数回に分けてお伝えしていきます。あくまで私個人の体験がベースにした私個人の意見となりますが、少しでも国際的なシェアリングエコノミーの動向を知る参考となれば幸いです。
“Marketplace Risk Management Conference”とは?
そもそも今回のカンファレンスは何かというと、アメリカのシェアリングエコノミー関連の会社が集まって作った、リスク管理をテーマとした団体「Marketplace Risk」が主催しているイベントです。
Marketplace Riskは、近年のプラットフォーム型ビジネスのリスクの高まりに関して議論するためのフォーラムで、今回のようなビジネスカンファレンスのほか、教育プログラム(Boot Camp)やウェブセミナーを開催し、業界のリスク管理力の向上に務めています。
このうちビジネスカンファレンスは、毎年開催都市を変えて実施しているとのこと。今年は初の試みとして、世界各国から大規模に参加者を募ったそうです。ちなみに、昨年のカンファレンスの結果として「Technology Marketplace Collaborative」という、日本でのシェアリングエコノミー協会に相当する業界団体が設立されたとのことでした。
IT大国・アメリカの「シェアエコ生態系」
まず、アメリカのカンファレンスに参加して感じたのは、シェアエコ市場を取り巻く事業者の層の厚さ。カンファレンスのスポンサー企業(一部)を見ると、以下のようなものがありました。
●本人確認・KYCサービス
Checkr/accurate/Berbix/Evident ID/IdentityMind/JUMIO/Mitek/Whitepages Pro
●オンライン契約サービス
PactSafe
●決済サービス
YapStone
●法務サービス
LexisNexis/Perkins Coie/Seyfarth Shaw
●総合情報セキュリティサービス
sift
●コワーキングオフィス
Industrious
●ベビーシッターサービス
Sittercity
特に、シェアサービスそのものというより、シェアサービスを構成する周辺事業(決済や保険、法務など)からのシェアエコへの関心が高いことが伺えました。カンファレンス会場の中ではこれらの様々な事業者が、セッションでリスク管理に関する意見を戦わせたり、あちこちで商談をしたりしていました。
もちろん、日本でも保険会社をはじめとする様々な関連事業者の方々がシェアリングエコノミーのプラットフォーム向けのサービスを提供しています。ただアメリカでは、複数の事業者が複層的にシェアサービスを構成する様々なサービスを提供している、いわば一種の「シェアエコ生態系」が形成されているように思えました。
シェアリングエコノミーが今後人口に膾炙していくにあたって、その基盤を支える様々なサービスが必要となります。特に、スタートアップ企業がなかなか手が及ばないリスク管理の各領域では、大手企業が基盤となるサービスを提供することで安心・安全が高まることが期待されるのではないでしょうか。
日本の取り組みへの反響
私もセッションに参加し、日本の取り組みの事例として、主に「シェアリングエコノミー認証制度」と「シェアリングシティ」について発表しました(2つの制度の詳細は、協会サイトをご覧ください)。
この2つの制度の特徴としてあげられるのが、どちらも官民連携の枠組みで進めているということです。シェアリングエコノミー認証制度は内閣官房の検討会議から生まれた「モデルガイドライン」が元になっていますし、シェアリングシティも総務省や全国の様々な自治体と連携して進めている取り組みです。
特に(厳しい意見も含めて)反響が大きかったのは、認証制度。アメリカでは、近年大手のプラットフォーム企業に対する批判が高まりつつあるようで、「政府から規制をかけられる前に、事業者側で自主ルールを整備を」という意見がちらほら聞かれました。その一方で、ルール化する具体的な内容については、様々な意見が投げかけられました。
日本の認証制度は、CtoCマッチング型のサービスが共通して守るべき要件(登録事項、利用規約等、サービスの質の誤解を減じる事前措置、サービスの事後評価、相談窓口及びトラブル防止、情報セキュリティの6分野)について、ルール化しています。ただ、カンファレンスでは「民泊やライドシェア、家事代行など、それぞれのサービス領域の特性に合わせた細かいルール策定が必要ではないか」という意見も多く聞かれました。
特にアメリカでは、ライドシェアが大きな広がりを見せている一方、安心・安全やユーザー保護に対する批判が高まっているようでした。会場にいた大手ライドシェア企業のセキュリティ担当者からも、認証制度に関する詳細を聞きたいという要望がありました。ライドシェアでは、ほぼそれを専業として働いているユーザーが多いため、雇用関係や社会保障の問題をどのように整理するかが大きな論点になっているとのことでした。
日本でも、プラットフォーム上で稼ぐ個人の「雇用」を巡る論点は、徐々に議論が広まりつつあります。
シェアリングエコノミーに関する法的課題(日本:2018年1月)|フォーカス|労働政策研究・研修機構(JILPT)
“Platform Coop”の可能性
もう一点興味深かったのは、協会のアドバイザーであったNeal Gorenfloさん(米メディア “Shareable” の創設者)によるセッション。
その内容は、「Platform Coop」(無理に訳せば、プラットフォーム協同組合)こそが、本当のシェアリングエコノミーではないかという提案でした。現行のプラットフォーム型のシェアリングエコノミーでは、あくまで「企業」がサービスを所有・管理することになります。そのため、必ずしもユーザー目線ではあり続けない恐れがあるとのこと。そのため、プラットフォームの所有・運営そのものをユーザー自身が共同で行うべきというものでした。
Platform Coopの事例として挙げられたのが、写真投稿サービス「Stocksy」。Stocksyはカナダ生まれの写真家のためのサービス。写真家はStocksyに写真を投稿することができ、販売された場合に売上の一部を得られると同時に、Stocksyの事業に余剰があった場合に配当も得られます。
もう一つの事例が、「Union Cab Coop」。こちらは、所有メンバーによって所有・運用されているというタクシー配車サービスです。大手のライドシェア企業と比較して、顧客対応に関して高い評価を得ていることを示すデータなどが紹介されました。
サービスの所有・管理については、ユーザー自身の関わりの度合いによって、様々なパターンがあることも紹介されました。ブロックチェーンのような分散型の管理モデルから、これまでの集権的なガバナンスモデルの間に様々な形態があることが分かります。一つの可能性として、今後ブロックチェーンがシェアリングエコノミーに組み込まれることで、より公正・公平なサービスづくりが進められるのかもしれません。
その一方で「現在の大手プラットフォームも、設立当初はユーザー主体のサービスだったのではないか」という意見も聞かれました。どのサービスも、設立当初は利用者全員の顔が見える状況でしょう。ただ、サービスが巨大化するにつれ、経営者とユーザーの緊密な距離感も漠然とした「企業とユーザー」という関係になってきてしまいます。一方で、ずっと個人の顔の見えるままでサービスを続けるのであれば、ビジネスとして拡大することはないでしょう。「サービスの規模」と「ユーザー一人ひとりの主体性」のジレンマ、そしてそれをどのような仕組みで克服するかが、今後のシェアリングエコノミーを考える鍵なのかもしれません。
ちなみに、事務局長の石山も過去の記事で「Platform Coop」について話しています。
プラットフォームとユーザーの関係の未来?
今後、シェアリングエコノミーが「当たり前」のものになるにつれて、プラットフォームとユーザーの関係性について再考する必要があるといえるのではないでしょうか。シェアリングエコノミーが働き方の主流になるのであれば、これまでの企業対個人の「雇用」を前提とするのではない、新しい企業と個人の関係性を模索する必要が出てくるのかもしれません。
1日4時間労働、シェアエコ生活で僕が月40万円を稼げるようになるまで | BUSINESS INSIDER JAPAN
実は日本でも、「シェアリングエコノミーだけ」で生活する人が出てきています。ただ、自分の働く場所、生活の場所となるプラットフォームに信頼が置けないような状況であれば、そのようなライフスタイルが幅広い世代に根付くことはありえないでしょう。シェアリングエコノミーが広がるにつれ、「一人ひとりの多様な働き方をどのように安全に支えられるか」というプラットフォーム側の責任も大きくなります。
折しも、シェアリングエコノミーの国際標準化が今年から始まり、協会もその議論に参加させていただいています。今後プラットフォームとユーザーのあるべき関係性をどのようにデザインすべきか?シェアリングエコノミー市場自体が発展途上にある中で、どのようなルールが必要・不必要なのか?大きな問いではありますが、真摯に取り組んでいくテーマだと改めて感じました。